大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和62年(行ケ)35号 判決

一 請求の原因一ないし三の事実(特許庁における手続の経緯、本願発明の要旨及び審決の理由の要点)については、当事者間に争いのないところである。

二 取消事由の判断

1 取消事由1について

(一) 前記争いのない本願発明の要旨に成立に争いのない甲第二号証(特公昭和五九―三八〇〇六号特許公報・本願公報)及び甲第三号証(昭和六〇年七月一五日付手続補正書)を総合すると、従来、都市廃水や工業廃水から汚染物質を分離して水を清浄化するための公知の分離法にあつては、化学的清浄化工程と呼ばれる工程中において化学薬品を添加して沈澱/フロキユレーシヨンを起こさせて汚染物質の分離をしているが、そのためには、撹拌機を備えたフロキユレーシヨンタンクと沈澱槽を一個又は数個必要とするので、これらによつて占められる大きな空間と容積は大きな欠点となつており、また、清浄化されるべき水がこれらの装置に長い時間滞留するという欠点もあり、加えて、清浄度を上げるために砂濾過器を清浄化工程の末端部分に配置しているが、濾過器中の砂の再洗浄のために中断を避けるために各沈澱槽に少なくとも二個の砂濾過器を備えることが必要であつたこと(本願公報二欄六行ないし三三行)、これらの欠点を克服することを目的として、本願発明は特許請求の範囲に記載されたとおりの構成を採択したものであることが認められる。また、前掲甲第二号証によれば、本願発明の作用効果について、本願公報には、次のような記載のあることが認められる。すなわち、「公知技術に比較して装置の容積を約1/10に減少させることが可能となつた」こと(三欄一五行ないし一七行)、少なくとも公知技術において沈澱槽に二個の砂濾過器を接続させた装置によつて得られる程度の清浄度を得ることができること(三欄一八行ないし二四行)、「少なくとも同じ高さの清浄度を得るために必要な時間が一〇~一五倍も短いという先行技術にまさる利点が得られる。」(三欄二四行ないし二七行)、(本発明によつて連続的に作動する濾床中で分離を行う本質的な重要性を更に観察すべきである。濾床が連続的に作動しない場合にはこれは可成りの欠点の原因及び困難になる筈である。多くの場合の清浄化工程中の汚染物質の高含有率のためにこのような濾床の再洗浄は必然的に短い間隔で行われなければならない。このことのために有効作動時間は減少しそれによつて濾過器の能率も減少する。これらの問題は濾床が連続的に作動する本発明方法を使用すれば解消される。」(三欄三一行ないし四〇行)

(二) ところで、本願発明における濾床の構成と作用に関し特許請求の範囲の解釈について当事者間に争いがあるので、まずこの点について検討する。

(1) 特許請求の範囲は、出願人において特許を請求した技術的範囲を定める基準(特許法七〇条)であり、発明の詳細な説明にのみ記載されていて特許請求の範囲に記載されていない発明は保護を要求した技術的思想とはみられないのであるから、特許請求の範囲には出願人が保護を求めた発明に不可欠な構成要件がすべて記載されているものとみるべきであり、したがつて、発明の詳細な説明の欄における実施例や図面及びこれに関する説明等の記述をもつて出願に係る発明を限定的に解釈し理解することはできず、発明の詳細な説明は特許請求の範囲の記載に不明確なところがある場合に補助的に参酌されるにすぎないものである。

(2) これを本願発明の特許請求の範囲の記載についてみるに、前記争いのない特許請求の範囲の記載(請求の原因二)には、格別不明確な記述もしくは疑義を生じさせる表現はないから、当業者においても特許請求の範囲の記載に基づいて本願発明を次のように明確に理解することができるものと認められる。すなわち、本願発明は、<1>被処理液体が、粒子状の濾過媒体から成る濾床を通つて流れている間に化学薬品を添加して沈澱及び(又は)フロキユレーシヨンを濾床内で起こさせる工程(沈澱・フロキユレーシヨン工程)、<2>液体流が濾床を通過した後に液体流を濾床から濾液相として排出させる構成(清浄化水排出)、<3>濾過によつて汚染された濾過媒体を濾床から分離して洗浄工程へ移し洗浄液によつて再洗浄する工程(汚染濾過媒体の分離・再洗浄工程)、<4>洗浄後の濾過媒体を濾床の上部表面へ戻す構成(洗浄後の濾過媒体の循環利用)及び<5>汚染された洗浄液を洗浄工程から排出する構成(洗浄液の排出)からなる連続濾過工程の組み合わせを特徴とする液体から汚染物質を分離する方法である。本願発明の構成としては、右の事項が規定されているのみであり、本願発明において用いられる「粒子状の濾過媒体から成る濾床」の構成ないし形態についてはこれを更により具体的に限定規定する記載はない(この点は原告も認めるところである。)のであるから、本願発明における濾床は、前記のごとき循環操作がなされ得る濾過媒体全体からなる流動式濾床をいうものと解される。本願発明を特許請求の範囲に基づいて右のように理解することは、既に認定説示したところの本願発明の課題及び効果に関する明細書の記載とも合致した合理的な把握というべきである。この点、原告は、特許請求の範囲における個々の用語ないし表現、本願明細書に添付された第三図及びそれに関する説明等を援用して、本願発明は、<1>上面から濾過媒体を連続的に補給されて、下面から汚染した濾過媒体を分離し、<2>被処理液(原水)はアツプフローには濾床と交差する<3>薬液注入式連続濾過方法であり、特に、本願発明の濾床はそこにおいて、原告のいう「体積濾過」(濾床の前表面から原水が侵入することを許し、表面から内部層までをも含めた部分で濾過を行う方法)が実現され得る態様のものである旨主張する。しかしながら、原告の指摘する特許請求の範囲における「(液体の)流れ」の表現、沈澱及び(又は)フロキユレーシヨンを「濾床内」で起こさせるとの記載、「洗浄後の濾過媒体を濾床の上部表面に戻」す「連続的濾過工程」の記載等を検討してみても、これらの記載ないし表現を客観的常識的に理解する限り、前記認定説示したとおり、濾過後の濾液相を排出し、濾過によつて汚染された濾過媒体が洗浄されて濾床の上部表面に戻される薬液注入式連続的濾過方法であること以上に、本願発明が限定されているものと理解することはできない。ましてや、本願発明における濾床が、原告のいう体積濾過を行う構成ないし態様の濾過媒体の集合部分のみであると限定的に理解することは既に特許請求の範囲の解釈を越えるものといわざるを得ない。確かに、前掲甲第二号証によれば、発明の詳細な説明の欄には第三図に関する説明として原告指摘のような記載が認められるが、第三図は本願発明の一実施例として図示され説明されているものであるから、特許請求の範囲に基づいて理解される前述のとおりの技術的思想に比して、より具体的な構成が示されているからといつて、第三図の装置の構成をもつて、特許請求の範囲に記載されているものとみることはできない。したがつて、本願発明の理解に関する原告の主張は採用できない。

(三) 引用例(米国特許第二〇五七八八号明細書)に審決認定のとおりの記載のあることは当事者間に争いがなく、また、成立に争いのない甲第四号証(引用例)及び甲第五号証(引用例の第7、8図)によれば、引用例の発明は、「液体の清浄化」に関する発明であり、明細書における目的ないし課題に関する記載、すなわち「本発明は、液体を透明にすることに関し、懸濁した物質を含む濁つた液体を透明にし濾過する方法からなり」(一頁左欄一行ないし三行)との記載、「種々の産業分野において、濾過が実施されるとき、極めて多数の物理的及び化学的特性の液体があり、また懸濁している粒子の寸法、形状、形態において非常に変化がある。ある液体は通常容易に濾過できる荒い粒状の硬質の粒子を含み、他の液体は懸濁液中の軟質の、形状のないゲル又は粘土状の固体を有する。」(二頁三九行ないし四六行)との記載並びに石英砂が汚水の濾過に適している旨の記載(二欄三〇行ないし三一行)からみて、引用例の発明も、本願発明と同様に、かなり高濁度の汚水を含む都市廃水や産業廃水の清浄化処理を意図したものと認められる。更に、引用例には、その濾過の工程ないし態様に関し、次のような記載のあることが認められる。すなわち、「砂の水平面を通つて下方に通過する液体は、外方にそして上方に、砂の下方に移動するコラムを通る。すなわち通過は逆流である。」(一頁左欄四九行ないし五四行)、「(砂の)コラムの基部近くであるがその上方に、下流濾過に有効な拡大領域が開口底部のポケット形成ケーシング10によつて与えられる。ポケットは、比較的低い箇所において移動する砂の本体中に形成され、このようなポケットは濾過すべき液体用導入ポートの一部を構成している。したがつて、一次濾過区域(濾過が下方向き)及び二次濾過区域(濾過が上方向き)が確立され、一次区域からの砂の除去を絶えず伴つて、垂直方向に与えられた面が連続的に更新される。濾過は、濾過が連続作動である特徴をもつて、任意の下流濾過において、すなわち、最初に沈澱物の層を通つて、次に沈澱物が詰まつた砂の層を通つて、最後に砂を通つて達成される。」(三頁右欄一行ないし一七行)。これらの記載内容に致すると、引用例における濾過は、一次濾過区域と二次濾過区域の両方で行われるものであり、一次濾過区域における濾過は、沈澱物の層と沈澱物が詰まつた砂の層及び砂の部分で行われ、液体は更に、ポケツト外方の上方に移動し二次濾過区域(濾過は上方向き)において濾過されることが認められる。この点、原告は、引用例の装置における濾過は、前記沈澱物の層と沈澱物の詰まつた層で行われるものであり、仮に砂のコラムでも濾過がなされるとしても補充的なものである旨主張する。しかしながら、引用例における右の記載に照らしても沈澱物の詰まつた砂の層及びこれに続く下方の砂の部分並びに砂のコラム(二次濾過区域)における濾過機能を否定することはできないし、また、前記の沈澱物の詰まつた砂の層が水平面であるとしても、ここで濾過が行われることは原告も争わないところであるから、前記認定説示のとおり本願発明における濾床に含まれない部分ともいえない。また、確かに、引用例の「沈澱物の層」における濾過は、砂の存在しない領域(濾床内といえない箇所)での濾過ともみられるかもしれないが、そこで捕捉された沈澱物は上方から絶えず供給される新たな濾過媒体である砂によつて捕捉され下方に移動し、遷移して沈澱物の詰まつた砂の層、これに続く砂の部分及び砂のコラムの各砂の部分における濾過(「体質濾過」を原告の定義するような意義に理解すれば、これに当たる。)へ吸収収敘されるのであるから、「沈澱物の層」自体が独立して一つの濾過工程を形成するものとはみられないのである。したがつて、引用例の方法においては、沈澱物の層、沈澱物の詰まつた砂の層及びその下方の砂の部分(一次濾過区域)と砂のコラムからなる二次濾過区域を全体として濾床とみることができる(全体としてみれば引用例の濾床でも、原告のいう「体積濾過」が行われているともみられる。)ものというべきである。原告は、更に、沈澱物の層や沈澱物の詰まつた砂の層について、濾過機能を維持するように砂を適切に移動させることは困難であるから、短時間で目詰まりを生じてしまう旨主張するが、引用例にも「水平面内で多くも少なくもない適当な量の沈澱物あり、その沈澱物によつて妥当な速度の操作で透明な濾過物を得るように、砂の下方向の通路を、入つてくる液体の圧力及び流速(流量)と相互に関連させる。」(二頁左欄四行ないし一一行)とあるように、具体的な濾過操作に当たつては、目詰まりが生じないように、砂の移動速度と、懸濁水の圧力、流速等を相互に関連付けて行うものであるから、原告の主張するように目詰まりによつて実施できないものとは認められない。また、原告は、引用例における二次濾過区域の濾過に関して、砂のコラムの部分で濾過が行われるとするならば、新たに補充されてくる砂粒子が汚染されてしまうはずであると主張するが、砂はある程度汚染されても濾過能力を失うものではなく、新たな砂が連続的に供給されて下方へ移動してくるのであるから、砂の粒子が汚染されるからといつて、砂のコラム(二次濾過区域)における濾過作用を否定することはできない。

(四) 右のとおりであるから、本願発明と引用例記載の発明の間に濾床の構成とその作用において基本的な差異がある旨の原告の主張は到底採用できず、両者の濾床の構成は技術的にみて差異を認めることはできず、この点に関する審決判断に誤りはない。

2 取消事由2について

引用例には、「フイルター助剤を管12を通して流入する液体とともに導入することができる」旨の記載があるものの、懸濁物質を含む濁つた液体に化学薬品を添加して砂等の濾過媒体中で沈澱あるいはフロキユレーシヨンを起こさせることについての記載がないことは当事者間に争いがない。しかしながら、前掲甲第四号証(引用例)によれば、引用例には、懸濁液中の粒子の形状、態様あるいは懸濁液の物理的及び化学的特性など多種多様な懸濁液を濾過し清浄化するために普通に行われる手段として、懸濁液の凝集(アグロメレーシヨンまたはフロキユレーシヨン)を生じさせるための化学的方法があることが明らかにされており(二欄五〇行ないし五五行)、また、成立に争いのない乙第三号証(株式会社化学工業社発行「改訂増補濾過」)によれば、沈澱/フロキユレーシヨン剤は通常「凝集剤」と呼ばれるものであるが、もともと懸濁液中の微粒懸濁物やコロイド状の不純物を粗粒ないしフロック化し、その後の濾過の促進を意図して懸濁液中に加えられるものであつて、このような凝集剤の使用は広く行われていること及びこの沈澱/フロキユレーシヨン剤は、濾過の促進ないし改善のために用いられる添加剤という点で、フイルター助剤(濾過助剤)と同じ機能を有し、同じカテゴリーに入るものであることが認められるから、フイルター助剤とは原告指摘のような機能的な違いがあるとしても、引用例記載の濾過装置において、フイルター助剤と同じように、懸濁液に化学薬品を添加してその濾床内に沈澱及び(又は)フロキユレーシヨンを起こさせることには、格別の困難性は認められない。したがつて、引用例においてフイルター助剤に代えて、助剤として作用することの明らかであるところの沈澱及び(又は)フロキユレーシヨンを起こさせる化学薬品を使用することは当業者にとつて容易に想到し得ることとした相違点<1>についての審決の判断は正当である。なお、原告は、相違点<1>についての判断の誤りを主張するに当たつても、引用例の濾床の構成及びその作用の違いを前提とする主張をしているが、その主張が前提において失当であることはさきに認定説示したとおりである。右のとおり本願発明と引用例記載の発明とが濾床の構成やその作用を含む基本的な構成が共通し、かつ相違点<1>の事項の採用も格別困難なことではないとすると、この基本的構成からなる装置による濾過を行うに当たつて、「濾床に液体流を通過させる際に該液体に化学薬品を添加して沈澱及び(又は)フロキユレーシヨンを起させる」構成を採用した連続濾過方法によれば、本願発明の前提とした従来技術に比べて、濾過媒体の再循環使用による連続的濾過方式の採用によつて装置自体の容積が減少し、また濾過処理も速くなることは容易に推認し得るところであるから、本願発明が、予測の域を越える顕著な効果を奏するものとは認められない。原告は、本願発明の効果であつて引用例の装置においてはなし得ないこととして、予備処理工程を経ることなく濁度の高い原水を比較的低濁度に浄化できること、引用例においては、原水が濾床に導入される際の押圧力が九kg/cm2であるのに、本願発明においては一kg/cm2以下であり所要エネルギーの負担が少ないことなどを主張するが、これらの事柄は、具体的な実施の態様において種々に変わり得ることであり、本願発明に特許請求の範囲に記載された構成から導びかれ得ることでもないので、これを本願発明の効果として認めることはできない。

なお、原告は、本願発明の実施品であるという商品名「ダイナサンド・フイルター」の開発による商業的な成功をもつて本願発明の進歩性の明かしである旨主張するが、成立に争いのない甲第一〇号証により認められる右の商品が本願発明の実施品としても単なる一実施例にすぎないものであり、また、本願発明が引用例の記載内容と本出願前に広く知られた技術に基づいて容易に想到し得るものであることはさきに認定説示したとおりであるから、右の商品による商業的成功の事実によつて、右の判断を直ちに左右し得るものでもない。

3 右のとおりであり、かつ相違点<2>について引用例においても洗浄液を用いた洗浄をしているとみるのが合理的であるから、結局、本願発明は、引用例に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとした審決の判断は正当であり、本訴における他の証拠によるも審決に違法な点を見出し得ない。

(三) 以上のとおりであるから、その主張の点に認定判断を誤つた違法があることを理由に、審決の取消しを求める原告の本訴請求は、理由がないものとして、これを棄却することとする。

〔編注1〕本願発明の要旨は左のとおりである。

粒子状の濾過媒体から成る濾床に液体流を通過させる際に該液体に化学薬品を添加して沈澱及び(又は)フロキユレーシヨンを起させ、かようにして液体から汚染物質を濾別する方法において、下記の工程の組合せ即ち、

液体が濾床を通つて流れている間に該液体に対して化学薬品を添加して沈澱及び(又は)フロキユレーシヨンを濾床内で起させる工程、及び

液体流が濾床を通過した後に該液体を濾床から濾液相として排出させ、濾過によつて汚染された濾過媒体を濾床から分離させこれを洗浄工程へ移して洗浄液によつて洗浄し、洗浄後の濾過媒体を濾床の上部表面へ戻し、洗浄によつて汚染された洗浄液を洗浄工程から排出させる連続濾過工程の組合せを特徴とする方法。

〔編注2〕本件における図面は左のとおりである。

図面(一)

<省略>

(他は省略)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!